桂離宮

泣きたくなるほど、美しい・・・・

「泣きたくなるほど美しい印象だ」


桂離宮を紹介するときに,ドイツの建築家ブルーノ・タウト(1880-1939)が桂離宮を絶賛した言葉が引用されます。
タウトは桂離宮の美しさを「簡素さ」の中に見出しました。
簡素でありながらも,斬新な意匠を盛り込み,細部にまで創意を凝らした建築物と庭園。

"日本の美の極致"に迫ってみました。

さて…
桂離宮は1615年頃,八条宮智仁親王により創建されました。
この智仁親王は幼少の頃,豊臣秀吉の養子に迎えられましたが,秀吉に実子鶴丸が誕生したため縁組は解消。
また兄の後陽成天皇の後継に推された際,豊臣家の関わりゆえに徳川将軍家に反対されます。
歴史に「もし…」はないですが,秀吉の後継者として天下人の座についていたかもしれないし,天皇になっていたかもしれない人物です。

そんな智仁親王が造り出した桂離宮。
現在は中央に大きな池があり,大小五つの中島に橋を渡し,書院や茶室に寄せて舟着を構え,燈籠や手水鉢を要所に配した回遊式庭園と,数奇屋風の純日本風建築物とで構成されています。
参観は中央の池をぐるっと一周するコースを歩きます。


定刻になるとガイドさんが迎えに来てくれます。
まずは参観のスタート地点である表門へと向かいます。

御腰掛(外腰掛)
馬場の脇道を入った奥に御腰掛があります。
松琴亭の待合所として使用されたといわれています

蘇鉄山は薩摩藩、島津家の献上の品だそうです。

 

行の飛石


外腰掛前には幅1m弱,長さ17mに渡って延段が設けられています。
長さ2m以上もある切石三個と自然石の組み合わされた凝った意匠をしています。
長尺の切石を埋め込むのは小堀遠州流とされています。

「行の飛石」の名があり,後ほど訪れる古書院御輿寄前庭の「真の飛石」,笑意軒前の「草の飛石」とで三位一体をなします。

この行の飛石は御腰掛に対して平行ではなく,わずかに傾けられています。
左の御腰掛の敷石と行の飛石の間隔が奥に行けば行くほど狭くなっているのがわかるでしょうか?
これも奥行きを深く見せるための工夫です。

松琴亭の内部に・・・・・・

中から外を見ると・・・・・この桂離宮の凄さを感じました。

中から見る庭園は開口部越しに切り取られた絵画のようでした。

すべての開口部から見える景色がまるで別の景色に見えます。

これは偶然か?それとも計算されていたのだろうか?

 

この松琴亭で私はかなりの衝撃を受けました。400年も前にこんな素晴らしい、美しいものを作りあげている日本の文化があったのかと・・・・・

 

上の格子も、自然のもの、加工されたもの、が交互に配置され面白いなと、昔の人の遊び心を感じました。

 

 

前篇はここまで、次回中編を書きたいと思います。